
第二章 突然の不幸①
暑い夏が過ぎいつの間にか、木枯らしの吹く季節がやって来た。
あゆみは、9月に内申書と形ばかりの試験を受けて来年度からの入学を決めていた。それは浩吉のお得意様
であるメーテル女史の青山国際メーテル学院大学。 今年は秋を感じること無くいきなり冬が来た感じがした。
12月寒い・・・あの暑い夏がうそのように寒い!「パパ~寒いね~早くハワイ行って羽根伸ばさないと!
日本にいたら凍っちゃう~今年も26日から日本脱出!脱出!」とあゆみ。「いつものコンドミニアム予約
してあるから心配ないさ~」と浩吉。浩吉の仕事も例年より順調でバブル期を彷彿とさせる売り上げだった。
12月は完全に休養にあてて、得意先などの年末のあいさつとクリスマスパーティーの参加くらいで,
あゆみと、ゆっくり過ごしている。「パパ!恒例のダイヤモンドヘッド登山は
欠かせないけど今年はオアフからハワイ島に行って星空観測はいかが?
ハワイ島散策ツアー!」とあゆみ。「いいね、いいね、採用しまーす。」と浩吉。
すると、美智子が「何!楽しそうね。二人ともノリノリで話してるけど」
「今年のワイハは贅沢しよう!」と浩吉。・・・
12月24日 クリスマスイブの夜
クリスマスパーティーをあゆみの友達を誘って開催していた。
「メリークリスマ~ス乾杯!」あゆみのかけ声で、にぎやかにパーティーが始まる。
織田春美や徳川明美、それに憧れの明智君。幼友達の佐江内君も参加していた。
美智子の料理人顔負けの手料理は、ゴージャスで美味しい!
みんな舌づつみを打っていた。浩吉も参加してグイグイとワイングラスを空けては注ぎ
また空けては注ぎ、ご機嫌だった。
そんな中、春美が「あゆみのパパは優しいし、
あゆの云う事聞いてくれるし理解があるし!あゆが羨ましい」
「そうよ!私なんか東京の大学に行きたいって言ったら、地元の
看護学校行きなさいって!私は自由が無いのよ~春美が一緒に行くから、
まだ少しは救われるけどね!」と明美。そこへ佐江内君が「東京が良いとは限らないし、どこへ行っても
ふるさとの良い思い出は、あせはしないよ・・・」と相変わらず”さえないコメント”(笑)
「明智君は?」とあゆみ。「一応、東大を目指してるけど・・親の操り人形・・。親が医者を目指せ!って
言われるままに・・・」と明智。「すごいじゃない!東大から医者!最高!」とあゆみ。
「僕は、あゆちゃんのお父さんみたいに、自由人でいたいのに・・・。それでいて娘の夢を叶えてくれる
なんて 最高だと思う!あゆちゃんは幸せだよ!」と明智。すると
「そうかな~?自由が良いと思っていても何かに縛られたり・・・規制された方が楽な時もあると思うよ」と
佐江内君”のさえないコメント”。「まあ、色んな生き方あるけども後悔しないように!」と浩吉。
「さあ!みんな元気で楽しい人生を生きて行こう!またまた乾杯!」とあゆみはロゼワインを1本開けた。
浩吉はご機嫌でワインを飲み続け、呂律が回らないほど呑んで・・・挨拶もそこそこに
2階の寝室へと上がった。楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。「今度は新年会で、また会おう!」
12月25日 早朝 美智子は違和感を感じていた・・・。いつもお酒を飲んだ日は、いびきが
うるさいのだが・・・朝には治まっているのに?・・・朝になっても”いびき”がうるさいのだ・・・
おかしい・・・。美智子の脳裏に嫌な予感がよぎる。「パパ!」恐る恐る声をかける。返事が無い。
「パパ!パパ!」声を上げるが返事が無い。ボリュームを最大限に上げた。「パパ!パパ!パパ~!」
大変な事になった。美智子は隣の部屋に寝ているあゆみに「あゆみ!あゆみ!パパが大変!
早く助けに来て~!」あゆみは、すぐに状況がわかった。すぐに携帯から119番にかけていた。
美智子はネグリジェのまま床にへたり込んでいた。あゆみは、なぜか冷静だった
「父が倒れました。いびきが止まらず意識がありません。お願いします」
「ママ!早く着替えて!ママしっかりして!」あゆみは美智子の
着替えを手伝い救急車を待つ。救急車は10分ほどで到着した。
すぐストレッチャーに意識が無いまま浩吉が乗せられる。美智子はただただ茫然としていた、
あゆみに促されるままに救急車に乗り込む。筑豊大学病院へ搬送された。脳卒中の症状だった。
あゆみは前日のパーティーで佐江内君の云ってた事を思い出していた「あゆちゃんのお父さんは血圧高いし、お酒も飲むから冬場は特に気をつけて!もし意識が無い時は一刻を争うから冷静に迅速にしないと!」
あゆみはその時「楽しいパーティーにまたまた”さえないコメント”!縁起でも無い!」と思っていた・・・
昨日の夜の忠告が現実になるなんて・・・あゆみは冷静だったが、頭が真っ白になって行くのがわかった。
緊急手術・・・手術は成功した・・・と言うより命が助かった!
年末にたまたま腕の良い脳外科医が居たらしい!とにかく助かった!
美智子もあゆみも何も考える事が出来なかった。
集中治療室で”生きている。助かった。”ただそれだけが分かっている。
二人とも何も話せずに居た。すると、そこに浩吉の母・ともみが駆けつけた。
開口一番「馬鹿やね~みんなに心配かけて親より早う逝ったら許さんよ!」と言いながら涙があふれていた。
佐賀から自分で(88才)車を運転して駆けつけたのである。それからどのくらい時間が過ぎたのだろうか?
主治医から病状の説明が「左側の脳に出血が・・・。幸い命は取り留めましたが、
言語障害や右半身の麻痺が著しく残る可能性があります。
後は本人のリハビリの頑張り次第です。素早い対応で
命が助かったと思います。奇跡ですよ。意識が戻ったらお知らせします。」と・・・。
何時間過ぎただろう?・・・意識が戻ったとの知らせが・・・。
病室に入ると、いつもの明るくてノリノリの浩吉とは全く違う姿が!顔も少し歪んで見えた。
「パパ!お帰り」あゆみはそんな言葉をかけていた。美智子も「パパ!お帰り!」と続いた。そして
母ともみは「浩吉!母さんは許さんよ!しっかりせんと!」と。浩吉はただまぶたで合図した。
浩吉は自分の身に何が起こったのかうつろな意識の中で・・・一番恐れていたことが・・・起きてしまった
と・・・。話そうとしても・・・身体を動かそうとしても何かに縛られたかように少しも動こうとは・・・
しなかった。頭では必死に何かを伝えたいのだが、何もかもが人としての行動を封印されてしまっていた。
もうろうとした意識の中で浩吉は何故か罪の意識で支配されていた。
心の声が「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」ただただ必死に何かに謝っていたのである。
あゆみも美智子もともみも皆・・・今はただ浩吉が生きていることに感謝していた。
しかし、幸せで裕福だった家族にこれから降りかかる試練が待っていることをまだ気づく事も・・・
今までの生活が一変する事も考える余裕も無かったのである。