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​第一章 裕福な家庭④

あゆみの夏休みも残すところあとわずか・・・部活も高校総体を最後に終了。相変わらず暑い日が続いていた。
浩吉は月に1回の”カイ”の準備に追われていた。(カバンひとつで、宝石を売り歩くカバン屋と言われる
職業の人たちが集まってする市である)今回の出張
東京)にはあゆみも同行する。そして来年度から
通うであろう青山国際メーテル大学の下見と住まいの下調べに行く予定。
更に腹違いの兄にも会うことにしていた。
8月20日。朝快晴。浩吉とあゆみは、美智子の運転する真っ赤なクーパーで博多駅まで送ってもらう。
「あゆみちゃん忘れ物はない?パパも大丈夫?」美智子は慌ただしく言った。
「大丈夫、大丈夫!昨日から何回も確認したから、アッ!ママの化粧品いくつか借りてるから~」あゆみも
慌ただしく言った。すると浩吉がゆっくりとした口調で「あゆみちゃんもママも、もう少しゆっくりと
話したら、時間はたっぷりあるし、そんなに慌てなくても」・・・「分かっている!分かっている!
でも、この前パパのペースで出かけたら、ギリギリで博多駅でバタバタ
したじぁないの~!」美智子はまた慌ただしく言った。
浩吉は飛行機の方が速いのだが、必ず荷物検査室に連れて行かれることが
嫌だったし。(大きな宝石がひっかかる)それにあゆみが新幹線好きだと
いう事もあって、あゆみと一緒の時は必ず新幹線にてしている。
”のぞみ”になって東京まで約5時間で行けるように成った。飛行機は色々と
面倒な事が多い。それより、新幹線でのんびり娘と行楽気分で会話や飲食も楽しいのである。
美智子との会話よりあゆみの方が何だか妙に癒されるのである。
車は1時間ほどで博多駅に到着した。美智子が車の窓越しに「じゃぁ!二人とも気をつけて!
あゆちゃん!パパの事宜しくね!」浩吉は思った・・・なぜ?パパの事宜しくね!なんだろう。
普通は逆にあゆちゃんの事宜しくね!だろう。例によってブツブツとつぶやきながら、美智子に手を振った。
あゆみも「ママも湯布院楽しんでね!恵美姉さんに宜しくね~」
美智子は姉の恵美と湯布院温泉”鶴の井”へ行く事にしていた。
そして二人は足早に新幹線へ乗り込んで行く。この時期は
行楽客も多いがお盆休み明けで、グリーン車は空いていた。
ゆったりと4席使えそうだ、このまま東京まで乗り込んで
来ないことを祈って・・・。出発まで時間がある。浩吉は売店へ急ぐ
「おねぇさん!ビール2本とホタテのひも、それと皮付きピーナッツ
ちょうだい!あと鯛のちくわも2つ!」浩吉はどこでも”おばちゃん”とは声かけはしない!気分良く買い物を
したいからである。すると60はとうに過ぎているお姉さんから「気をつけていってらっしゃい。飲み過ぎ
ないでね」と乙女のように優しい声かけ!うれしい限りである。
新幹線に戻り愛娘と昼食前のビールで乾杯!
「カンパ~イ!」あゆみも気兼ねなくビールをゴクリ!
浩吉もグビリ!「さぁ!楽しい旅のはじまり~はじまり~」
と、あゆみ。

「あゆみちゃんも化粧するとママに負けないぐらい、きれいになったね・・・」と浩吉は感慨深げに言う。
来年度から巣立つ我が子の成長に満足でも有り、また一方では寂しく感じているのである。。
最近浩吉の涙腺は緩くなっている。何かにつけて涙ぐむ。浩吉の目から涙が・・・「あゆみちゃんも
大人になったね・・・来年には巣立って行くんだね・・・」と涙声。するとあゆみが「パパ!今から
それってありえない。しかも新幹線で・・・傍から見たら、これから心中する親子みたいじゃない!
もうしっかりして先が思いやられるパパ~!」「すまん、すまん、さあ気分を変えて飲もう!
もう一度カンパーイ!」「そう来なくっちゃ!」車窓から見える田園風景そしてビル街、
次から次に都会と田舎が交差する。浩吉とあゆみは追加のビールをワゴンサービスから購入。
お昼頃には大阪に着いた。浩吉にとって大阪の街は特別の街だ。人生の再起をなしえた街。
暖かい街である。あゆみの生まれた街でもある。やがて次の駅、京都に向かい走り出した。
お昼は二人とも軽めにプレミアムサンドイッチにした。車窓には京都タワー!昼間のアルコールに二人を
睡魔が襲う。混んでいないので4席使えそうだ。浩吉は宝石の入ったパイロットケースを左手に
チェーンをつないで休む事にした・・・。1時間半ほど休んだだろうか?「パパ!もう起きないと!」
あゆみの声で目が覚めた。浩吉はゆっくりと降りる準備を始める。横浜駅を離れ間もなく終点の東京駅に着
いた!二人は改札口を抜け八重洲南口からタクシーに乗り込む「帝都ホテルまでお願い!」
わずか10分ほどで着く。970円のメーター。浩吉は2,000円を渡し
「ありがとう!近くてごめんね!」と声かけをして下車。
近寄るボーイさんに宝石以外の荷物を預けて、チェックイン。
プレミアムタワーフロア最上階を予約をしていた。
31階。東京の景色が一望できる。ボーイさんの案内にて部屋へ。
「あ~息が詰まるわ~東京!ビルばかりだ~肩こるわぁ~」とあゆみはベットに飛び込み叫んだ!
「どこでも住めば都!慣れたら大丈夫!あゆみちゃんだったら器用に立ち回れるから」と浩吉。
「同じ都会でも大阪とは何か違う・・・なんでやねん!」とため息交じりにあゆみ・・・
そして思い直したように「でも東京暮らしは、子供の時からの夢だし!
東京で磨きをかけて私も輝く宝石にならなくちゃねパパ!」
「あゆみちゃんの夢をパパは応援するからね!」と浩吉。
「さあ、さあ!パパはサウナに行くからあゆみちゃんは
エステで磨きをかけておいで!7時半にレストラン予約してるから」
あゆみが「今日はリカルド居るかな?しっかりエステしてこよ~」「リカルドは必ず出迎えてくれるよ!
じゃあ後でね!」二人はハイタッチで部屋を出た。・・・7時過ぎ浩吉はジャケットをはおり
あゆみは美智子のお化粧品を軽めに。カクテルドレスで大人っぽく決めてみる。
伝統のフレンチレストラン”ラセゾン”へあゆみのお気に入りのリカルドが温かく迎えてくれた。
リカルドはスペイン生まれフランス育ち。小さな顔に上品なヒゲをたくわえ、大きな瞳、シャープな身体
申し分ない!「豊臣様いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」流暢な日本語と笑顔!完璧である。
いつものコースにはロッシーニ風ステーキにオマール海老のビスクを必ず入れてもらうようにしている。
浩吉はシャブリあゆみはロゼワインで早速、今日二度目の乾杯!「東京の夜に乾杯!」とあゆみ。
浩吉は明日の仕事の事も忘れて、あゆみと親子水入らずの会話と食事を楽しんだ
「美味しかった。ごちそうさま!」と店を後にした。
いつもはこの後にラウンジでカクテルなのだが、最近浩吉の体調が思わしくない。
「ごめんね!最近疲れやすくて、今日は休もう」
「パパは仕事ハードだから仕方ないよ。もう若くないんだし。早く休もう」
そして、あゆみはしばらく夜景を見つめていた。来年度から東京で暮らす
決心と不安が交錯している様にも、みえたのである。

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