第一章 裕福な家庭⑤
朝6時 あゆみは浩吉のゴソゴソと動き回る気配で目覚めた・・・
浩吉の異常ないびきに睡眠不足気味の あゆみは、すでにシャワーを浴び終えた浩吉に「おはよう!パパ!相変わらず早起きね!」と声をかけた。
「おはよう!身体が妙にだるいんだ・・・。なぜだろう。」そう言えば浩吉の顔がむくんでいる。
あゆみが「パパ、大丈夫?今日はゆっくりしたら?」
すると「そういう訳にはいかない。月に一度の大切な カイがある日だから」と浩吉
「身体が一番大事よ!無理しても良いことないわよ!」とあゆみ。
「大丈夫!大丈夫!今日は青山国際メーテル学院大学の学長を招待している。あゆちゃんのためにも 出ないと!」カイには普段からのお得意様を招待する事もある(各会員あたり1名様)学長は浩吉の お得意様でも有り、あゆみの進学先でもある大切な関係であった。
アングラの色濃い”カイ”は世間一般に流通 しているジュエリーより格安であり、手に入れることが困難な逸品が揃っている。
だからいわゆる世間でも 有名なお金持ちから政治家まで、カイに参加するのである。カイの会員費は1回・百万円それを帝都ホテル のデポジット(保証金)として預け全ての宿泊費や飲食代・会場費・それに司会料(参加費の 10%)を 支払った残りを持ち回りで管理している。
それはもし不当たり手形で困った時等の補填金として集めている。
(浩吉が以前不当たり手形で苦労した経験より提案しカイのメンバー全員の賛同である)
司会は、蜂須賀 美咲。今やジュエリーデザイン界のカリスマで浩吉は彼女の無名時代から、ずっと 色んな面で後押しをしてきた。浩吉の知りうる限りの政治家からデパートの特販部など紹介した。
女性ならではの営業の仕方は浩吉も目を見張るものがあった。
妻の美智子に負けず劣らずの美貌には浩吉も 以前は何度か惑わされた時期もあったが、あまりの魔性的な営業で気持ちも薄らいでいた。 浩吉はあゆみの忠告も聞かずに、宝石展示の準備に余念が無い。
そして浩吉は食欲もなかったが、あゆみを 連れて17階のブッフェへ。
「パパが元気がないと私も食がすすまない・・・」とあゆみ。
「パパは大丈夫!さあさあ、あゆちゃんは好きな物食べて!」 「パパがカイの間に浩一郎兄さんに会って美味しいランチしておいで! 連絡いれるから。」と浩吉
「わかった。わかった。パパ~ホントに大丈夫?」 二人ともほとんど朝食を摂ることなく浩吉は薬局へ栄養ドリンク・ヤンケルの1万円 を購入。その場でゴクリ。たまに体調が悪いと必ずこのドリンクを飲む。体調に 合わせて金額も変わる。
この日は最高に体調が悪いようだ。不思議と自分の部屋に 戻る頃には体調が幾分良くなっていた。
それを見てあゆみも安心したのか 「パパはきっと都会の水が合わないのよ!あゆみはどこでも大丈夫よ!お兄さんに何ごちそうになろうかな? 昨日はフレンチ!朝はパパのせいで食べてないし、だからお昼から肉!肉!焼き肉にしよう!」
「浩一郎に連絡いれるから。銀座の条々苑に予約しようか?」浩吉
「そうね!私は銀座が 似合う女だからそこにしよう~」とあゆみ。
お互い元気を取り戻した。午後11時あゆみは おめかしをしてホテルを後にする。
「パパ!お仕事ガンバってね!お腹いっぱいごちそうに なってきまーす」
「あゆちゃん!いってらっしゃい気をつけてね。浩一郎に宜しくね!」 浩吉も少しお腹が減ったのかルームサービスでアメリカンサンドイッチを頼むことにした。
半分ほど食べ浩吉 のルーティンのサウナをやめてベットで横になることにした。
午後の1時30分いよいよカイが始まる。 いつもカイの前は独特の緊張感が走る。いつものことだが・・・。
大きなお金と入札。 何億というお金が動くのである。午後2時 今回の会員は選ばれたカバン屋(個人宝石商)会員20名中13名小さな会場に集まった。
最初の1時間は、宝石商同士の物々交換、裸石もあれば製品もある。わずか1時間でお互い交渉の上 交換を終える。
午後3時 いよいよ有名なお金持ちが入場・・・ お互いの顔がささないように各1名様更に必要に応じて仕切りを立てたり してプライバシーが守られている。
美咲を中心に放射線状に会場が 仕切られている。入札は1回ポッキリで一番高値の方に落札される。
なぜ うまくこのカイが続くのか。それは会員が値段は元よりお得意様の好みを 熟知しているため入札の金額や予算など全てを一瞬にしてアドバイスをして 欲しいものを欲しい予算で手に入れることができるのである。
更に美咲には前もってお得意様の情報が 知らされている。よって商品の選択は”蜂須賀 美咲”に全て一任されていた。
カリスマ性の高い美咲の 商品説明は群を抜いていた。そして”カイ”は始まったのである。
「皆様!最高のいや至高の宝石のカイにようこそいらっしゃいました。選ばれた方に選ばれた逸品を お届け出来る事にいつもの事ながら、宝石を見慣れた私でも胸が高鳴る思いで、紹介させていただきます。 遅れましたが私、宝飾デザイナー協会理事長”蜂須賀 美咲”です。」とタイトなミニスカートにバブル期を 彷彿とさせるワンレン・ボディコン。光沢のある紫!
遠くに居ても色香と香水が会場中に振りまかれたかの ように妖艶な雰囲気に包まれていた。
とてもとてもカバン屋と言われる宝石商では創りえない世界を一瞬に して創り上げるのだ。
「それでは最初に1989年にミャンマーに変わる前ビルマ時代に産出された。 最高品質のルビー7キャラット傷なしインクルージョン(内包物)無し。正にここに有ることが奇跡です。 それに私、美咲がデザインを施した逸品です。それでは入札をお願いします。」 入札までには、あまり時間はかからない。
手に取って見たい方は付き添いの会員が現物を お席までお持ちする。
でもほとんど美咲の説明と会員のアドバイスだけで入札は終わる。 わずか10分ほどである。
全ての商品は10,000,000単位で入札される。 浩吉のこのルビーの入札予測は100,000,000前後と値踏みする。
「皆様!続いてはコロンビア産の裸石33カラット スクエアカットのエメラルドです。コロンビア産なのに ブラジル産に近いグリーンの深さとコロンビア産特有の温かい色目です。この逸品も今後は産出されない 物だと思います。いかがですか?指輪でもチョーカーでも帯留めでも私が責任を持ってプロデュース させていただきます。お気に入りの方は入札願います。」次々と入札が・・・ まるで最初から誰が入札するのかを知っていたかのように・・・
総売上1,020,000,000円(10点)一番高値はピンクダイヤモンドが220,000,000円と 最高値。
浩吉のエメラルドは80,000,000円(メーテル女史)と満足な落札。 売り上げは全て現金で領収書を発行しない。
カイの売り上げの一割を会費と共にストック。 更に売り上げの1%を司会の美咲に。下世話な事だが美咲は 会費から130万。
売り上げから1,020万わずか3時間あまりで 1,150万を稼いだことになる。
それでも会員は美咲の存在に感謝していた。 浩吉はいつものカイの打ち上げパーティーにあゆみも参加させるつもりである。
体調もかなり良くなっていた。 午後7時打ち上げパーティーが始まる。ここでも美咲のカリスマと色香は存分に発揮される。
冴えないカバン屋(個人宝石商)一人一人にグラスを手に挨拶をしてわずか30分ほどで颯爽と去って 行った。
会場は大きな花を失ったかの様な雰囲気があったが、その後をあゆみが見事に立ち振る舞い おじ様達を笑顔に変えていった。
美智子譲りの社交性は健在だった。あゆみ自身美咲に強いライバル心を 燃やしていたのかもしれない。
浩吉はあゆみがカバン屋仲間と笑顔で接する姿に感動し、また大人の階段を 駆け足でのぼる姿に自分から遠い存在になっていくような気がしていた・・・。